十脚目通信

オカヤドカリ飼育に関し、判明している事実

我国でのオカヤドカリ飼育の歴史は浅く、オカヤドカリが「一夏だけの生き物ではなく、何年も通して長く飼い続けられる生き物」だと一般に認識されてからでさえ10年を経ていません。これほど飼育歴史の浅い生き物でありながら、数年前から国内外の愛好家たちによって様々な飼育情報のやりとりがされ、一応の飼育理論というものが確立されています。筆者自身の経験は足掛け6年(2005年11月現在)ですが、この飼育理論を元にしたため、初めて飼ったオカヤドカリを今でも生かすことができています。
ところが、昨今の俄ブームのせいか、「オカヤドカリの生態については、判っていないことが多い」という言葉が独り歩きしているようです。
確かに生き物ですから、判っていないことは多いでしょう。人間でも家族同士であっても相手の事を判っていないことの方が多いのですから、同様の意味なら当たり前です。
ただ、こと“飼育”という範疇でなら、オカヤドカリの生態他に照らして判っていることは多いのです。特に積極的に“判っていない”ことを宣伝する業者のいう“珍説”については、“ダメだと判っている”ことが多いのも事実であり、“判っていない”ということが“判らないから何をしても良い”という風に都合よく捩じ曲げられているようです。
これらを一つ一つ解説していく気にもなりませんが、この機会に、とりあえずオカヤドカリを飼育する上で判明している事柄について、『生き物を飼う上での共通の認識』『オカヤドカリ他の生態特有の留意点』『一般常識』の3点から整理したいと思います。
尚、ここで指すオカヤドカリとは、通常の手順で手に入る種類(オカヤドカリムラサキオカヤドカリナキキオカヤドカリ))だけのことを指します。他の種類については(入手自体が不当ですが)言及していません。

※ 一般常識ではなくオカヤドカリについての疑問点は「オカヤドカリ飼育に関するFAQ」を、ネット上に飼育情報が氾濫していて迷っている方は「オカヤドカリのトンデモ飼育法」をご参照ください。「オカヤドカリの生態について」も追加しました。

※ ヤドカリ・オカヤドカリに関する蘊蓄はDecapediaをご覧ください。

オカヤドカリ飼育に関し、判明している事実

○生き物を飼う上での共通の認識

オカヤドカリに限ったことではなく、色々な生き物を飼育していれば直感で解るようになる事柄がたくさんあります。共通認識などという難しい言葉ではなくセンスとでも言えばよいでしょうか。
ただ、このセンスに関しては多くの場合“思い込み”という危険性を伴いますし、残念ながら長年生き物を飼育していても全くセンスのないベテランも存在しますので、ここでは述べません。ここで述べるのは、“生き物=生命あるもの”という当たり前のことだけです。
※一言だけ言わせてもらえば、“思い込み”は売らんがための“思い付き”よりは、いくらかマシではありますが…。

動物は物を食べないと死にます。そしてオカヤドカリは動物です。
動物界の生き物は、よほど特殊な生態のものを除いて、物を食べています。その中には一種類のものを専食するものもいますが、大抵はその一種類だけで必要な栄養素が事足りる場合です。そして、オカヤドカリは一種類のものを専食する生き物ではなく、色々なものを食べなければ生きられない雑食性の生き物です。雑食という用語には“餌は何でも良い”という意味はありません。同じものばかり与えていてはいけないという意味です。
動物は物を食べると排泄します。
物を食べる生き物は、必ず糞をしますので、生き物を飼っているかぎり好んで餓死させる場合や、短期間仮死状態で置いておく場合を除けばメンテナンスフリーはありえません。
また、生き物の糞は多くの場合、バクテリアによって比較的無害化された後も有害成分が残ります。水棲生物なら必ず水換えは必要ですし、陸棲生物なら掃除が必要です。
生き物に水は必要です。
水棲生物にも陸棲生物にも水は必要です。どんな生き物であっても乾けば死にます。また、凡そ人間より小さな体の生き物を飼っているかぎりは、水道水に含まれる(人間には無害な量の)塩素が安全ということはありえません。特に鰓呼吸の動物にとっては、微量の塩素でも非常に危険です。
水道水に含まれる塩素以外の有害物質(重金属類)については、後述します。
生き物は呼吸しています。
空気中から酸素がなくなれば人間は窒息死します。飼育している生き物が酸素呼吸の生物である限りは、飼育環境から酸素が無くなれば窒息死します。
過密飼育は厳禁です。
猿の様に知能が高く社会性のある動物を別にすれば、生き物の過密飼育は百害あって一利なし。単独飼育だと寂しくて死んでしまうということはありません。飼育という環境では、生き物にとって同じ種類の生き物は、同じ餌を奪い合う敵に過ぎません。
自然下で群れているのは、共通の敵から身を守るのに有利なことと、繁殖の際に有利なこと、そして棲息環境が同じなので固まっているだけです。
また販売店などでは、一つのケースに大量に生き物が入れられていますが、これは一方的に販売店の短期的な都合によるもので、いわば群れさせられているだけであり、長期飼育を目指す場合に同様の方法はとれません。
ただ、飼育者の都合として単独飼育は寂しいということなら、匹数を抑えて様子を見ながら数を増やすというのは、止むを得ないことでしょう。ただし間違っても“生き物のため”とは考えないでください。
例え同種同士であっても、あまりに大きさの違うものを一緒に飼育しない。
ライオンとウサギを一緒に飼育しないというレベルの話ですが、ライオン同士であっても、ウサギ同士であっても、あまりに大きさの違う物を一緒に飼うことは普通は思い付きません。

○オカヤドカリ他の生態特有の留意点

オカヤドカリや、オカヤドカリに近い仲間(エビ・カニ・ヤドカリなどの甲殻亜門の生き物など)特有の留意点です。犬や猫など我々人間に近い生き物を含む、カメやトカゲ、イモリやサンショウウオ、魚など脊椎動物とは全く別次元の生態特有の留意点もあります。
※一言だけ言わせてもらえば、(○○ヤド××君とか名前まで付けて)オカヤドカリをキャラクター化して売るのは犯罪ではないでしょうか…。

薬品や劇物・毒物に人間ほどの耐性を持っていません。
人間界の(しかも我国の)法律によって、安全だとか、微量なら大丈夫だとか、口に入れても害がないとされている物が、全てエビやカニやヤドカリにとっても安心とは言えません。全く別次元です。人間の様に大きな肝臓や腎臓を持った甲殻亜門の生き物は存在しませんから、微量であっても薬物や毒物は蓄積していきます。
そもそも人間と同程度の耐性(および無害化する機能)を持っていたと仮定してみても、残念ながら人間と同程度の体重を持つオカヤドカリは発見されていません。風邪薬でも体重によって飲む量が違うというのは、常識です。
蛇足ですが、人体にさえ有害な農薬や殺虫剤は、甲殻亜門の生き物にとってはごく微量でも命取りになります(農薬や殺虫剤の残留した植物を飼育容器に入れるのもNGです)。
言うのもアホらしいが、甲殻類に魚病薬は厳禁です
これは常識以前の問題なので、ホントに言うのもアホらしいのですが、ウオジラミ、イカリムシ、白点虫(海水白点病の薬はペットショップ等では手に入らないので、この場合はイクチオイフリウス)等は、甲殻類またはそれに近い生き物で、魚病薬とはそれらを殺すための劇物・毒物です。
淡水・海水の別を問わず、アクアリストなら無脊椎や水草に薬は厳禁だということぐらい、常識以前の問題なのですが、最近はホントに驚愕の世の中です。
薬、石油化合物、重金属、酸化物、酸やアルカリは厳禁です。
体の、特に外骨格の主成分が炭酸カルシウムである生き物ですから…。卵の殻が酢に溶けるかどうか実験してみてください。また体表に毛が密集し、そこで水分や必須元素を集めて吸収している生き物の体に、石鹸や薬や油を塗りたくるとどうなるかは説明する必要はありますか?
ちなみに、船の喫水線下に塗られる塗料(船底塗料)には、昔は重金属類(銅や錫)が使われていました。有機溶剤系の塗料なども使われていた様です。いずれもフジツボやワレカラ等の“甲殻亜門”の生き物を排除する目的です。
オカヤドカリは冬眠させてはいけません。
エビやカニの場合、冬眠に近い状態というのはあります。体温が下がれば活動量が減り、代謝量も減りますから、眠った様な状態で気温(水温)が上がるまで生きることができる物もいます。食用のエビなどもそうした状態でおがくずに詰めて出荷されたりします。
但し、オカヤドカリは熱帯から亜熱帯の生き物です。温帯に比べると一年の温度変化が非常に少ない環境に適応した生き物を、温帯の厳しい冬の間強制的に冬眠させるのは、避けるべきでしょう。
実際、冬には氷点下を切る温帯域にも無効分散と思われるオカヤドカリが棲息し、冬の間も比較的暖かく湿った(土中などの)場所で越冬するものもいます。但し、生存率は低く、翌春には越冬に失敗した個体をたくさん見ます。
飼育下で、実際に上記に近い方法でヒーターを使わずに越冬させた飼育(上級)者もいますが、簡単にできる方法ではありません。
脱皮の邪魔をしてはいけません。
エビ・カニ・ヤドカリにとっての脱皮は命懸けですから脱皮中の干渉は即、死に繋がります。また脱皮後しばらくは外皮が柔らかい(ソフトシェルクラブの様な)状態ですから、ちょっとしたことで、やはり死に繋がります。
脱皮、または「脱皮かな?」と思われる時は、特にそっとしておきましょう。
鰓呼吸しています。
エビ・カニ・ヤドカリの様な鰓呼吸の生き物は水の中の酸素を鰓を通して呼吸しています。水の中の酸素が無くなれば窒息死しますし、水が無くなれば(鰓が乾けば)やはり窒息死します。
これは陸棲であっても同じです。

※:一部、誤解を受けそうなので補足です。
陸棲の甲殻類にヤシガニがいます。ヤシガニは鰓室が発達して肺に近い働きをしていますので、逆に水に浸けると溺れることがある様ですが、このヤシガニでも水をやらないと乾いて死んでしまいます。またヤシガニは確かにオカヤドカリに近い生き物ですが、属が違います。外見から見てもオカヤドカリはヤシガニほど鰓室が発達していません。
人間より体温の低い生き物です。
エビ・カニ・ヤドカリは、魚と比べても特に高温には弱い生き物です。大抵の場合は30度を超える温度は負担になります。
人間の体温は何度でしょう? 温かい(甲殻亜門にとっては熱すぎる)手で弄くりまわすことは、これらの生き物を弱らせることに他なりません。
ハムスターやグッピーの様に繁殖が容易ではありません。
サワガニや一部のヌマエビの仲間の様に淡水に完全に適応しているものを除けば、エビ・カニ・ヤドカリの子供は、海水あるいは汽水環境でプランクトン生活(多くの場合はゾエア)を送ります。海水や汽水は水槽レベルでの水質維持が難しく、またゾエアは水質変化に特に弱い生き物です。
体が小さいために初期餌料の確保も難しく、大卵型の十脚目ならまだしも小卵型のものでは繁殖は不可能に近いのが現状です。
ちなみにオカヤドカリは、どちらかというと小卵型に属します。

○一般常識

「一般常識」という用語の解説は省きます。
※一言だけ言わせてもらえば、省くべきではないのかもしれない…。ま、辞書ひいてください。

経験者の言には、多少の価値はあります。
もちろんどんな商品であっても、良心的な業者と悪質な業者というのはありますが、大抵の場合は既にその商品を購入し、実際に使っている(飼育している)消費者の言に耳を貸して損はありません。
世の中には何故か、業者の言うことを盲信し、何度被害に遭っても懲りるということを知らず、見かねた経験者の言葉に対して「人それぞれだ!」とか「試行錯誤だ!」とか妙な権利を主張するばかりで反省しないどころか、別の消費者にまで間違ったアドバイスをする人がいるようです。
被害を受けるのが自分だけで、しかも自分の被害だけで済むならまだしも、商品が生き物であり、かつ他の飼育者にまで被害を与えるような妄動は、厳に慎むべきでしょう。
生き物は生き物として扱うべきです。
色を塗ったり、弄くり倒したり、嫌がるものを引きずり出したりという行為は、その生き物に対する危険性云々といった以前に、生命体としての良心の著しく欠落した行為です。
もちろん、ネコ科の肉食獣やシャチなどが食べるため以外の目的で、弱い生き物を玩ぶ行為は一般に知られています(一義的には狩猟の練習だとも…)が、これらの猛獣は「可愛い」とか「癒される」とかいった感覚で行っている訳でもなく、主張もしません。
速乾性の接着剤や塗料は、内部まで速乾ではない。
表面はすぐに乾きますが…。
生き物を飼う上では、止むを得ない場合を除けば、いかに(人間にとって)安全な物であろうと、生乾きの接着剤や塗料を使用することは避けましょう。水槽が水漏れする等の理由で、比較的生き物に安全とされる、専用の接着剤を緊急に使わざるを得ない場合もありますが、オカヤドカリの場合には“止むを得ない緊急の場合”が生じるとは思えません。
エビ・カニ・ヤドカリの仲間が、魚よりも薬品や有機溶剤に弱いということは前述しています。
鉄は湿気ると錆びやすくなります。
海水など塩分が含まれた水なら、尚更です。一般に酸化鉄は、生き物の粘膜を荒らします。海水が必須の生き物の飼育容器に、鉄製のものを入れるのは避けましょう。

一般常識ではなくオカヤドカリについての疑問点は「オカヤドカリ飼育に関するFAQ」を、ネット上に飼育情報が氾濫していて迷っている方は「オカヤドカリのトンデモ飼育法」をご参照ください。

ヤドカリ・オカヤドカリに関する蘊蓄はDecapediaをご覧ください。

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